シェアハウス・ゲストハウス・賃貸・国際交流・旅・世界一周・留学・ボランティア・英語・マッチング・サークル・料理
profile eyecatch

【自己紹介】世界一周・俳優を経験した国際交流シェアハウスを運営者の実態

初めまして!
ファルコンパパと申します。

  • ファルコンパパの人生とは?
  • 世界一周をどうやってしたのか?
  • 国際交流シェアハウスをなぜ運営しているのか?

ファルコンパパの実態を自己紹介としてまずはご紹介します。

世界一周・俳優を経験した国際交流シェアハウスを運営者の実態

現在シェアハウスを運営しながら、ウェブライターやカメラマンとしても活動しております。

僕自身今まで数多くの仕事や趣味をしてきた中で、何をして何を感じてきたのか。

ファルコンパパの全貌を明らかにさせていただきます。

ファルコンパパのプロフィール概要


profile photo

まずはファルコンパパの自己紹介として概要をご紹介します。

本名 森ゆうき
生年月日 1992年12月19日生まれ
血液型 B型
趣味 ゴルフ、ダーツ、ビリヤード、カラオケ等
座右の銘 笑顔は拡散する

ファルコンパパ誕生から中学時代まで

1992年12月19日京都の祇園で生まれました。

1歳のときに岐阜県中津川市に引っ越します。そのため京都の記憶はほぼありません。

岐阜県中津川市は中山道の「馬籠」や「つまごい」が有名で、栗きんとんが有名です。

中津川市の中でも自然豊かな場所で育ち、小中学校に行くには山を二山超え下校していました。

下校中に木に登って昼寝をするなど「自然少年」と言ってもいいほど、自然に囲まれた生活をしていました。

中学校は部活でソフトテニスをしていましたがほぼ幽霊部員でした。

ただ応援にはめいっぱい力を入れていて声は一番大きかったのでよく声を枯らしながらも応援をしていました。

高校時代でカナダ留学とニュージーランド転校

中学校3年生の夏休みからカナダへ高校留学に行きました。

留学をした理由として家族がもともとアメリカに30年程住んでいたのもあり、兄はアメリカで生まれ育っていました。

ちなみに兄は現在もアメリカに住みながら、不動産業をしています。

兄の影響もあり、日本で生まれ育ったが海外に行きたいという思いがありました。

別の理由として高校受験をしたくないというのもあり高校からカナダに行くことを決めました。詳しい留学生活の内容に関してはまた別記事で書こうと思います。

その後カナダの留学生活は楽しいながらも勉強はなかなか付いていけず、カナダの高校で留年をすることが決まってしまったのです。

留年をせざるのであれば違うところへ転校をしようと親とも話し、色々な学校を探していました。

日々学校探していたところに、偶然ニュージーランドの先生とウェブ上でやり取りすることがありその後にニュージーランドへ転校することになりました。

合計4年間の留学生活において、「森ゆうき」の土台になったのもこの期間だと思います。ちなみにカナダでカメラを始め、ニュージーランドで演劇を始めることになります。

ニュージーランドの高校を卒業後に帰国

ニュージーランドの高校を卒業し、帰国したのちにミュージカルを通して多様性を育む活動をしているNPO法人コモンビートに参加しました。団体に関しては詳しく別途記事を書こうと思います。

コモンビートでさまざまな人と出会い、その出会いの中でよく街中で貼ってある世界一周の船旅のことを知り世界一周へ行くことになりました。

ちなみにあのポスターを1枚貼るごとに約300円の割引ができることをご存知でしょうか。

合計約4,000枚のポスターを貼ると無料で世界一周ができるのですが、私自身も約4000枚を貼り無料で世界一周をしてきました。

様々な活動

帰国してからは多くのアルバイトをしながら、以下のようなさまざまな活動をしてきました。

1つずつを紹介すると相当長い記事になってしまうので、概要だけご紹介します。

  • 外国人3人と3ヶ月間一緒に日本各地の幼稚園から大学まで学校訪問をして、異文化交流
  • 1年間東京で芸能事務所に入り俳優活動(某有名再現VTRやドラマにも出演)
  • カメラマンとして収入をもらう
  • 名古屋駅の中心でフリーハグ
  • アジア青年国際会議に参加
  • 契約社員でヨーグルトの営業
  • スマホ・ネット営業(よくイオンとか家電量販店にいる声かける人)

国際教育リーダーシッププログラム「Up with People」に参加

yukimoriprofile

「Up with People」という20か国100名の若者と一緒に、世界を回りながらボランティア活動・劇・リーダーシップトレーニングを行い、半年間の生活をするプログラムに参加しました。

私が参加したときはアメリカ、メキシコ、スウェーデン、デンマークの4か国に行き、それぞれの国では現地の家族にホームステイで滞在をしていました。

ボランティア活動の内容は小学校や中学校でディベートの授業をしたり、カベにペンキを塗ったり、ゴミ拾いをしたり、貧しい子供たちとの交流イベントをしたり、さまざまな内容がありました。

このプログラムを通してそれぞれの文化の違いや、考え方などを感じることができ、交流を促進する仕事をしていきたいと思ったのもこの時が大きなきっかけとなっています。

帰国後シェアハウスに住みながら家族の仕事を手伝う

帰国後は家族の仕事である、風力発電の販売を手伝っていました。

風力発電の会社は東日本大震災のあとにすぐ起業し事業として運営をしていましたが、なかなか軌道に乗らず厳しい運営状況でした。

私自身が手伝い始めた後も会社としては売上がほぼない状況が続きます。

しかも私自身のやりたいことが人との交流や人のつながりを増やしていくことに対して、電気系の勉強や営業活動など全く気が入りませんでした。

結局のところ約9か月間は手伝いましたが、最終的には全くうまくいかず、しかも仕事自体楽しくなくて正式に就職活動をすることになりました。

26歳で初めての正社員雇用~高校生の就職活動の支援~

その後就職活動は結構うまくいき、合計7社から内定をもらうことができました。

今までの経験が生かされたと実感した就職活動でした。

7社の中から高校生の就職活動の支援をしている会社へ就職することを決断しました。ちなみに26歳にして初めての正社員雇用です。

初めての正社員でビジネスマナーやスキルがない中ビジネススキルなどを叩き込まれた経験となりました。

ただし直属の上司が岸和田の方で、だんじり祭りでだんじりの一番上でオラオラしているほど「The 関西人」という人でした。

私と完全に相性が合わず、特に最初の3か月間は精神的にも相当辛い日々を過ごしていました。

仕事の内容としては高校生の就活支援ということもあり、さまざまな高校生と向き合い一緒に成長ができたコンサルティングでした。

私自身、人の相談に乗ることはすごく好きで就職だけではなく、よりプライベートなその人の考え方や価値観などにかかわっていきたいと思うようになり、転職をすることを決断しました。

国際交流シェアハウス事業に転職

今まで6つのシェアハウスに住んでいた経験もあり、シェアハウスのようにさまざまな人がいる環境で働けたら楽しそう!と思い、シェアハウス事業で転職先を探すことになりました。

その中でも目についた会社があり、それがボーダレスハウス株式会社、2021年2月に働き始める会社です。

ボーダレスハウスは単にシェアハウスを運営しているだけでなく、差別偏見の社会問題を解決するために国際交流シェアハウスを運営しています。

この差別偏見をなくす、という社会課題は今までの経験で実感してきたことで、それをビジネスで解決できることに魅力を感じました。

現在は関西(大阪・京都・神戸)の11ハウスを運営しながら、ウェブライターやカメラマンとしても活動をしています。

最後に

最後までファルコンパパのプロフィールを見ていただきありがとうございました。

各活動や団体の詳細は別記事で書いていこうと思うので、乞うご期待ください。

「ファルコンパパの毎日が給料日」はシェアハウス事業や高校留学、世界一周などの経験を活かして、英会話など語学習得に関しての記事や、シェアハウス事業を通して得た不動産の知識などをご紹介していきます。

他の記事もぜひ読んでいただき少しでもあなたの生活の役に立つことを願っています。

profile eyecatch
最新記事をチェック!